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大江千里「HOMME」名盤レビュー
このアルバム
「HOMME」は、大江千里10枚目のオリジナルアルバムです。
HOMMEはオムと発音し、フランス語で「男」を意味するらしい。
アルバムでは11曲中4曲が、映画、ドラマ、TV番組、CMのタイアップ曲となっており、大江千里自身が完全にメジャーのポップシンガーになったことを印象付けるアルバムになった。
中でもシングル発売された「格好悪いふられ方」は大江千里自身最大のヒット曲となり、ファンでない方でも大江千里と言えばこの曲と記憶している人も多いと思う。
シングルとして「あいたい(22作目)」「格好悪いふられ方(23作目)」「Honest(24作目)」「ありがとう(25作目)」と続くが、当時のボクは「せっかくいい流れが来ているんだからもう少し一般受けする(少なくともタイトルの)シングルを出せばいいのに」と生意気なことを考えていた。
昔からのファンとしては、せっかくのチャンスを逃してほしくなかったし、「RAIN」のようなじんわりと効いてくる歌や「YOU」のように底抜けに明るいポップを持ってるんだよ、ということをまだ知らないリスナーに教えてあげたかったのだ。
でも、この考えは完全にボクの間違いだったと、今では思っている。
前記した通り、「格好悪いふられ方」は売り上げのピークだったが、当時チャート上位で争ってたのが槇原敬之のデビュー曲「どんなときも」であり、新旧ザ・シンガーソング・ポップシンガー同士の直接対決になったことは、今思うと感慨深い。
なお、槇原敬之も大江千里を尊敬しており、自身のカバーアルバムで何曲かカバーしている。
曲 目
- 全作詞・作曲:大江千里
- 編曲:清水信之(1,2,5)、大村雅朗(3,6,7,8,11)、小室哲哉(9,10)、 細海魚 & 大江千里(4)
このサイトでは通常、アルバムを試聴できるサイトを掲載しています。
しかしこのアルバムは、Amazon、楽天、iTunes、mora全てで見つけられませんでした。
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1. LOVE REVOLUTION
ちょっと気になって調べてみた。
モーニング娘。の「恋愛レボリューション21」は2000年のリリースなので、間違いなく大江千里の曲が先である。
ヨカッタ。
という話はおいておいて、1曲目からノリノリで力強いポップソングである。
ジャケットカバーの赤いスーツが良く似合う歌というか。
でも、歌詞を読むと、「ついつい同時に二人を好きになっちゃったりするんだよ」という、なんというか、なぜそういう歌詞を力強く歌えるのかね?千里くん。
そしてよくよく読み込むと、次のようになるかな。
「どんな状況だって、相手が一人だって二人だって、いつだって誰かを好きでいたいよ。
永遠が手に入ると思った恋も、一つになれたと思った恋も、ボクは手放して別の恋を探してる。
ボク(ら)のREVOLUTION 例え一人の夜が続いても ボクの恋は ボクが決める」
アルバム「1234」で書いたんだけど、「GLORY DAYS」で本当は使うはずだった「きみと出逢うレボリューション」という歌詞が形を変えて、この曲に残ったのだろう。
彼の1曲目は、そのアルバムを象徴するような曲を持ってくることが多いが、彼の調子の良さをうまく表しているいい曲だと思う。
2. Do it
ノリの良い曲であるが、歌詞にはちゃんと意味がある。
まずはやってみよう、っていう曲だね。
Do it
3. 格好悪いふられ方
大江千里の歌詞の素晴らしさの一つは、女性に対しての悲壮感・疑心感が全く無い点だと思う。
「男と女は放っておいても付き合うし、放っておいても別れる。
別れたら別の異性と付き合って、タイミングが合えば結婚するかもしれない」
こんなごく当たり前のことを前提に歌詞を書いているので、ものすごく話が早い。
例えば曲中の次の歌詞
いろんな人を好きになり おそらくはボクは結婚する
大ヒットした漫画「モテキ」でも話題が出たが、「当たり前のように結婚するなんて言えること」は基本スペックの高い男子の上から発言に聞こえる。
確かに「ボクのような者と付き合ってくれる女子はいないよな」とか「彼女と別れたら一生独身のままだ」とか「今の彼女が付き合ってくれたのもお金が目当てだろ」なんて悲壮感前提で歌詞を書かれてしまうと、なかなかに湿っぽくなってしまう。
それに比べ、大江千里の歌詞は男女平等、同じ土俵の上の恋愛と、潔いのである。
ただ歌詞の字面とは別に、内容は男の強がりと未練である。
「同じことを繰り返して
自分は変わらないとうそぶいて
格好悪くふられた。
これ以上格好悪くできないから
言葉にはしないけど、
きみが欲しい、いまでも欲しい。
自分からは言い出さないけど、
もう一度同じ夢の続きをみたい」
最後1行の解釈は踏み込みすぎですか?
4. 真顔
顔見知り程度の間柄でときどき遊んできた彼女。
お互い、彼女や彼氏が幾人か変わって、それでもボクたちはずっと友だちのままだった。
霜のガードレールにすわって、話し込んで、ふと、ずっと彼女といれたらと思ってしまった。
今「きみが好きだよ」真顔で言ったら
すぐにボクを笑いとばしてほしい
きみが真顔で返事を返したら、ボクの気持ちはもう引き返せなくなってしまうからね。
5. Nasty Beaver
千里君はどこから言葉を持ってくるのかよくわからない時がある。
普通に日本人として暮らしているはずなのだが、それでもいろんな知らない単語が曲名や歌詞に散りばめられる。
若いときにの生活環境がすごく違うのかな?とか思ってみたけど、どうやらそれだけではなさそうである。
このタイトルの「Nasty Beaver」も辞書で引いてみると「不快な仕事人間」とか「汚らわしい女性器」なんて意味になるんだろうけど、意味はこれでいいのかな?
それにしても、パッと見てイメージがわかないようなタイトルを曲につけるのはどうかな?
また全く別の意味があるにしても俗語で、女性器と訳せる単語を入れるのはいかがなものか?
曲、どうこうよりもタイトルが気になってしまう5曲目です。
6. ずっと海をみてた
別れる前に、彼女に新しい男を紹介された情景。
いやもしかしたら「主人公が新しい彼氏に会わせてみろよ」とリクエストしたのかもしれない。
「彼を紹介されたとき まずいと思った だって良さそうなやつなんだもの
もっと心が痛いのかと想像したけど 意外と笑っちゃうもんだね こんな瞬間
まだまだきみとやりたいことはあったけど 彼のクセがきみにうつるまえに
ずっとずっときみを目に焼き付けておいて 終わりにするよ」
そうなんだよね、意外と女性が天然に振る舞ってくれると笑っちゃうしかなくなるよね。
そして少し気が軽くなって、家に帰ってもへらへら笑ってて、笑いながら頬を涙がつたう。
よくあることだと思います。
7. びんた
この曲が、ボクの中でNo.1なんですよね。
大江千里全曲の中でNo.1なんです。
「びんた」という泥臭いタイトルに、「びんたをくらって本当の愛が見えた」という泥臭い詞、内容もどうやら主人公が浮気をしたようでもある。
一人の人を好きでいれたら 迷わないで好きでいれたらいいのに
どうして失うものばかりこんなに増やして ああ 一番大切なきみが見えない
パートパートで咀嚼すると、なぜこんなにのめり込むのか自分でも分からないが、それでも全体としては大好きな歌なのである。
大江千里で他に好きな曲は「Rain」なんだけど、これはもう槇原敬之や秦基博がカバーしてたり、アニメ映画「言の葉の庭」の主題歌になっていたりと、多くの人に認められた名曲なんだけど、この「びんた」については、それほど多くの賛辞を聞いたことがない。
ちなみにAmazonのレビューを見ても、この曲のことを好きな曲として挙げている人もいなかった。
そうなるとなおさら自分だけの特別な曲とし思えてしまうから不思議です。
まず、歌いだし部分がピアノでリズムを刻んでおり、これにボクはやられてしまう。
歌詞の中身は正直、よくわからないけど、とにかく恋愛の終末の話である。
出だしの歌詞もすごい。
何も言わないで横切った 近くの地下鉄に駆け込んだ
雨が足元までどしゃ降りで 握りしめたこぶしきみになげつけた
情報が少ないんだけども、こういうことじゃないかと思う。
「主人公が地下鉄の駅から地上に上がると 彼女が主人公の部屋の方向から駆けてくる
彼女は目もあわせないで地下鉄に通路を降りていき 主人公は握りこぶしを作って彼女のいる空中をなぐる」
もともと喧嘩をしていたのか、主人公の部屋で見てはいけないものを見てしまったのか?
「びんた」という動作、主人公が握りこぶしを相手に投げつけるしぐさ、などから登場人物の熱量はものすごい。
悪いってどっちが言うの ごめんよってどっちが言うの
本当は好きだとああなぜ言えない
結局は、恋愛末期のカップルの状態なのかもしれない。
冒頭で書いた主人公の浮気も、二人の恋愛文脈の中ではそれほど重要性が高くないのだろう。
そうでなければ、「悪いってどっちが言うの」っていう歌詞は出てこない。
曲中の「本当は好きだ」という言葉は主人公が使ったことの無い、でも信じたい魔法の呪文である。
でもこの呪文を唱えても、魔法の期限がすでに切れてしまっていることを、主人公は本当は知っている。
そう思うと、「本当は好きだとああなぜ言えない」という歌詞は本当に悲しい。
8. COWBOY BLUES
この曲を聴きながら、4枚目アルバムの収録曲「コスモポリタン」を思い出してしまった。
コスモポリタンの主人公は、子供を連れた強い女性だったが、今回は彼女を連れたボク自身である。
君がいれば 口笛気分さ カウボーイブルース
9. 返信
「上京前に私服の彼女を学校で見かけた。
彼女からのハガキは文面を覚えるほど繰り返し読んだけど、まだ素直な気持ちを返信できないでいる。
都会は人が多くて、人であふれて、たくさん人と別れて、彼女のことも忘れていっちゃうよ
次の特急に乗ればクラス会に間に合うけど、やっぱりやめておこう。
彼女との思い出は、まだ大切なものだから」といった内容。
僕の触手にはそれほど引っかからなかった歌なのだが、映画『君の名は。』の監督 新海誠はだいぶ影響を受けたようである。
彼の作品『秒速5センチメートル』の中でのヒロインが書いた手紙の文面はこの曲からインスパイアされたものだという。
曲調が軽く、ともすれば聞き流してしまいそうなこの曲を愛聴するとは、この時期、新海氏はだいぶ大江千里を聴き込んでいたと思われる。
初めて行ったコンサートも大江千里だというし、彼の数年先輩の大学生だった僕としては、同じ大江千里ファンとしても非常に嬉しく思う。
言い訳っぽくなってしまうが、このアルバムの発売時は僕は社会人になりたてでゆっくりCDを聴いている余裕は無かったように思う。
そして、聴いていないいろんな新譜のCDだけが棚に増えていた時期でもある。
余裕時間の大切さは、無くしてはじめて有り難みが分かりました。
10. あいたい
たしか自動車のCM曲だったかな。それから映画の主題歌。
このレビューの下調べまで知らなかったけど、小室哲哉が編曲を担当してたんだね。
当時の小室人気はすごかったから、ソニー(当時のレコード会社)も本気で、大江千里をプッシュしていたことがわかる。
この曲が、次シングルの「格好悪いふられ方」ヒットの前振りになったのかもしれない。
ピアノソロでいけば本来は地味な曲だが、小室マジックによってシングルにふさわしい派手な脚色をしたように感じる。
ボクはできたらこの曲はピアノソロでしっとりと歌ってほしかった。
映画の主題歌とCMを意識したのか、歌詞は込み合ったところは全くなく、視覚的にさわやかな疾走感がイメージしやすい言葉が散りばめられている。
ボクには、この曲の中の主人公は結婚して子供もいて幸せな状況で、昔の彼女を思い出しているように思える。
もう一度関係をやりなおすための「あいたい」じゃないように思うのである。
今の自分だったら「あのころの きみ」の気持ちをもう少し汲んで行動できたかな?というとりとめのない想いじゃないかなと。
「ちがう空に 永遠うかべて」
11. 遠く離れても
10曲目の「あいたい」で締めてもおかしくないところを、この曲が11曲目で締めの曲になっている。
この構成は正直、ホッとする。
やはり大江千里アルバム最後の曲はメッセージ色の強いものじゃなくちゃ、と思ってしまうのだ。
「初めて逢ったきみは ボクとおなじ瞳をしていた
理由を知りたくて この手で触れたくて どこかで呼び合っていて
壊しちゃいけないものが多すぎて それでも強く抱きしめたくて
・・・ボクは踏み出せない」
amazonのレビューとコメント
最後に、amazonのレビューから共感できるコメントを引用させてもらいます。
正直最初はあまりこのアルバム好きではなかった。というのも、この時期は、「格好悪いふられ方」の大ヒットがあり、なんとなく受ける曲を作っているようなそんな気がしていた。だから、このアルバム全体のイメージが勝手に悪くなってしまっていた。あと、ビジュアルとか歌い方の変化みたいのもあったかも知れない。でも、ある日そんな偏見を捨てて素直に楽曲を聴いてみたんです。それまでの自分が間違っていたと気づくのにそんなに時間はかからなかった。細かい描写は以前のままだし、のりの良い曲にいたっては、余裕すら感じる出来栄えだと思った。あまりに当然のように受け入れられるメロディーのため、逆にそれを創造した素晴らしさに気づかなかったのかも知れない。このあと大江はあまり売れなくなってしまったが、この人の場合、もはや、売れる売れないなどはどうでもいいことのような気がする。分かる人が聴けば分かる。そしてきっとそれはいつの時代の人にでも届く力がある。こんなアーチストそう簡単には現れないと思いますよ。いつまでも変わらずに彼の信じる音楽を作りつづけていってほしいです。———AMAZONレビューより———
伝えたい事、ボクも良くわかります。
「格好悪いふられ方」はボクも奇をてらった曲のように思ったし、それにしては泥臭い感じに狙いすぎじゃないの?とマイナス評価でした。
ちょっと前まで自分だけのシンガーだった大江千里が万人受けしていくことに抵抗があったのかもしれません。
だけどやはりCDをよく聞いてみると、中身は依然と変わらず大江千里でした。
上記レビュアーさんのいう、その後の売れる売れないはレコード会社のプッシュや広告費で大きく変わってきますのでなんともいえませんが、ボクにしてみれば声の質が変わってしまったのはちょっと残念でした。
例えば、渡辺美里に提供した「10years」、松田聖子に提供した「Pearl white eve」なんかは、音符の数の多さとメロディの独特さから、ボクの脳内で大江千里の歌声が想像できたのですが、声の質が変わってしまった後に発売されたセルフカバーアルバム「home at last〜Senri Sings Senri〜」での、歌声は想像とは全く違うものになっていました。
できることなら、前出2曲だけは当時の声色で一度聞いてみたかったと思いました。
ただ嬉しかったのは、声色が変わっても歌い続けてくれていたこと。
歌い続けること、これがすべてだと思います。
2016/10/8 追記
このレビュー記事を書いてから2ヶ月が経ちますが、どうにも自分の鈍さと、理解力のなさに呆然としています。
そんなニブイボクが最近気付いたことを追記させていただきます。
このアルバムを聞き込んでいる方には当たり前すぎるほど当たり前のことかもしれませんが「HOMME」のテーマは、「他の人とのかかわりの中での恋愛」だということ。
無人島で恋愛するわけではないので恋のはじめ、交際中、フリーの時期、全てにいろんな人が絡んできます。
そんな色んな関わりを殆どの曲に入れこんだアルバムはそれほどないかもしれません。
それ故に、意識できなくても気になる曲が多かったのかもしれません、
【このアルバムでの他人の関わり】
■love revolution 二人を同時に好きになった主人公
■格好悪いふられ方 君と別れていろんな人を好きになる宣言
■真顔 他と付き合っていた頃から友達の女性との一場面
■Nasty Beaver グループ内での恋愛
■ずっと海をみてた 彼女に新しい彼氏を紹介される
■びんた 一人の人を好きでいれたら迷わないで好きで入れたらいいのに
■返信 彼女に会うためのクラス会出席を逡巡
■あいたい 満足している状況で、昔の彼女を想う
■遠く離れても お互い彼氏彼女(もしくは夫妻)がいる状況で引かれあう二人
本当に様々なバリエーションを用意してくれました。これまで考えたことがなかったけど、大江千里って”天才”なのかなって思ってしまいます。
■『HOMME』 大江千里 1991年 レビュー
■『1234』 大江千里 1988年 レビュー
■『未成年』 大江千里 1985年 レビュー